梅光学院高等学校同窓会
2015年03月05日

梅光100年の歩み 第11回 「梅光に来たヘレン・ケラー」

梅光学院大学 学院資料管理委員長 湯浅直美

 

戦前、梅光の講堂は下関市内でも立派な建物の一つだったようです。本格的なグランドピアノがありましたから、海峡を行き来する音楽家たちが立ち寄って、練習場所にしたり、コンサート会場にしたり。
このピアノを使って学び、ピータースから教えを受けて、音楽家になった卒業生も多かったようです。

 

世界的な有名人もやってきました。

 

写真1. ヘレン・ケラー

75.1938(昭和13年)ヘレンケラー 1937.5.25

 

1937年(昭和12年)5月25日、初めて来日したヘレン・ケラー(1880-1968)が日本全国を講演して下関に来た時の写真です。下関市主催の講演会の会場が、梅光の講堂でした。昼夜2回の講演があったそうです。トムソン嬢と日本人通訳の2段階を経ての講演でした。
ケラーの宿泊先は、地元の実業家河村幸次郎(1901-1994)宅でした。下関市立美術館は彼の個人蒐集を基にして設立されたもので、開館時に河村氏は名誉館長の称号を贈られています。

 

ヘレン・ケラーと言えば、塙保己一(1746-1821)との関係も有名ですね。『群書類従』を編纂した塙保己一のことを、アメリカ留学に行った日本人から聞いていたヘレンが、来日して最初に訪れたのは温故学会だったそうです。学生時代『群書類従』のお世話になった、大学日本文学科(国文科)の卒業生も多かったのではないでしょうか。

 

 

大日06/院前日01/大学文学部准教授 湯浅直美(旧姓 池谷)

梅光100年の歩み(連載)

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